気まぐれ天使

「さっき気付いたんだ」

丸くほっそりとしたコロナビールの瓶にタバコを投げ入れ、歪みを効かせた音しか鳴らさないジョニーは、わざわざアンプまで赴きクリーントーンに切り替え、大げさなピッキングで、オープンGを鳴らしたかと思うと、ボリュームを緩やかにゼロまで絞り、こう喋り始めた。

「おれは今までずっと蜜を探し求めて生きてきたけれど
おれの中で蜜を作る事が大切なんじゃないかって」

「そしたらさ、ブルーバードは、追っかけなくても、あっちのほうから、この肩にとまってくれるんじゃないかな?」

ジョニーは神の啓示でも聞いたかのように興奮している。
小さく震えているのは、嬉しさからなのか、怖れからなのだろうか?
それは、謎だけれど、大した問題じゃない。
ヤツは話し続ける。

「なぁ〜、あんたも一緒にやろうよ!一緒にやればさ、期待も高まるじゃんか」

おれは、ジョニーの言葉をビールごと一緒に、グイッと全部飲み干し、答えた。

「ジーザス…」

「お前の口から、そんなのが飛び出るなんて世界の終わりでも来るんじゃないか?」

とったこともないテストの点数を差し出した子どものような目で、ずっとこっちを見ている。
それだったらかける言葉は、決まってる。

「そうだな。おまえの言う通りだ」

得意げで少し不安げな顔は、満面の笑みに変わった。

「だっろぅぅぅ!」

「でもな、蜜だったら、バードじゃなくてバタフライだ。ジョニー。幸せの青い蝶々ちゃんだ」

「そうか!さすがラストだ!そうだ!そうだ!蝶々ちゃんだ!」

「ダン!カウントだ!」
「世界がひっくり返るヤツをやるぞ」


ワン、ツ、スリー、フォー!

オレを弄んだローラちゃん
あのボインは彼方へ去った
おれの愛は嘆きで満たされた

でも構わない
沢山の蝶が飛んでくる

よりどりみどり
様々な蝶が肩にとまる

秘訣を教えてやるよ
蜜を追うな
蜜を作れ

 

ダンは、合いの手で、ボインだの作れだのと叫んでいる。

ギターアンプは、クランチの音色できらびやかに叫ぶ。

 あれはツーブロック先の楽器屋で失敬したFENDER '65 TWINREVERB。

扉を蹴飛ばして2人が息切らしながら現れた時は、正直ビビったもんだ。

 なにしろあの日は、ジョニー愛しのローラの結婚式。

 「ローラが結婚しちまう!さらわなきゃ!ダン!一緒に来い!」

 と怒り狂ったジョニーは

 「いやだ!オレは物は盗むけれど、人を盗むほどおちぶれちゃいない!」

 なんて嫌がるダンを引きずって出て行き、デッカいものを2人で抱えこんだ姿を見た時は、本当にやりやがったのかと思った。

 

後から、ダンに聞いた話しじゃ、
「本当にやる勢いだったんだけれど、ローラの幸せそうな姿を見たら、ジョニーのやつ一気に落ち込んじまって…。

思うんだけど、あいつは自分を白馬の王子なんかと信じてたんじゃないのかな?

それからは、ありったけの罵声を、繰り返し繰り返し吐きまくって、、それが、オレが知ってる言葉より3つは多く言ったんで感心したよ。
そしたら急に泣き出すもんだから、お前が欲しがっていたFENDER '65 TWINREVERBをさらいに行こうぜ!オレが手伝ってやるよ。って言ったら、これまた急に元気になったんで、一気にやっつけたってまでさ」

 

 オレってすごい良いヤツだよな!
キチョーな男の中の男だぜっ!
ダンは誇らしげだった。

 


雨は今日も降り続ける。
ブルーな日に気まぐれに舞い降りた天使。
詩までは呟かなかったのだろうか。
でも、悪くない。ふざけた様な人間の言葉の中にでも神は宿る。

気付く人間は、ほんの僅かだが、神様ってやつと幸せってやつは、いつだってそうだ。そんなもんだ。


ベースを手にとり、チューニングしながらおれは、最後にひとりごちた。


「この世界に神の加護があらんことを…」

「アーメン」